pleetm's blog

日々考えた事や読んだ本について書くブログです。自分の書いたことって相手にどう伝わるのか、興味があるので、お時間ある方はコメントしていただけると嬉しいです。このサイトはアフィリエイト広告(Amazonアソシエイト含む)を掲載しています。

「空気」を読んでも従わない

「世間」と「社会」

学校のクラスメイトや塾で出会う友達、地域のサークルの人や親しい近所の人達が、あなたにとって「世間」です。 「世間」の反対語は、「社会」です。 「社会」というのは、あなたと、現在または将来、なんの関係もない人達のことです。
日本人は、基本的に「世間」に生きています。 自分に関係のある人達をとても大切にします。けれど、自分に関係のない「社会」に生きる人達は、無視して平気なのです。
外国人が、人の頼みをにっこり笑って断れるのは、「社会」にずっと生きているからです。 「社会」に生きる相手は、自分の都合で頼みごとをしてくると知っています。だから、いちいち、断ることを申し訳ないと思う必要がないのです。 ですから、あなたが人の頼みをなかなか断れないのは、あなたが弱いからではないのです。

「世間」はミステリアス

昔からそうしているから、みんな続けているのです。 無意味な校則の多くは、これです。 なぜ、こういう規則なのか、ストッキングの色や靴下の色、ひどい場合は下着の色まで校則で決めることが、どうして非行防止に役立つのか、どういうふうに生徒のためになるか。合理的に説明できる人はいないと思います。 ただ、昔からそうしているから、そうしているだけです。 「世間」は理屈が通じない、と言ってもいいと思います。

戦う権利と義務がある

「しょうがないよ」「しょうがないさ」「しょうがないもん」と、やりすごしたり、ガマンしたりするのです。 とても、残念なことだと僕は思っています。自分達の生きている「世間」や「社会」をよりいいものにするのは、私達の権利であり義務でもあると思っているのです。
あなたの戦いだけではなく、この国で同調圧力に苦しむ人々を応援することになると、僕は信じているのです。 あなたの戦いは、あなただけの戦いではない。そう思えれば、グループからはじき飛ばされても、集団の中で孤独になっても、生きていけると思えませんか? あなたの「世間」や「空気」との戦いを心から応援します。
「多様な視点や価値観は心を自由にする」ということが「相対的に考える」ということです

「空気」を読んでも従わない

「空気」を読んでも従わない

言うは易し。だけどとても大事なことだと思います。

ぼくはこういった本を読むといつも村上春樹エルサレム賞受賞スピーチを思い出します。

もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、私は常に卵の側に立ちます。

世間の話も社会の話も結局は同じこと。一人の人間として大事にしたか。それは自分のことでも相手のことでも同じ。だから、もしかしたら、自分のことを大事にせずに、大事にしていないことにも気づかずに、空気に迎合している人を見ると、厳しい目を向けたくなるのかもしれません。

自分一人が、なんの深い考えもなく、多きに与することが、そのあとどれだけの人を苦しめてしまうのか、あるいは、そんなこと平気な人間になってしまったのか。ぼくは何も変えることができなくても、味方がいなくても、戦ったその人を称えることはわすれないと思います。それは、なにも変わらなかったとしても、その人にとって戦う価値のあるものだった、ということは真実であり、戦うべきものを持つことができたと言うことは美しくもあると思うからです。

全てが理屈どおりであらねばならない、と言うわけではありません。理屈だけで全てが解決できるわけでもありません。ただ、なにか世の中の難しく、複雑な問題に補助線を引けるのは理屈や理論なのだろうと思います。だから、みんなでいろんな補助線を引いてみて、見通しのよくなるところを見つけること、これが会話だったり、議論だったりするのだろうと思います。そこにアイデアをたくさん出せるように僕たちは勉強したり考えたりするのだろうと思います。

勉強してえらくなるのは決してふんぞりかえってお金をたんまりもらって贅沢するためではないのだとおもいます。人に理不尽を押し付けることでもないと思います。また、理不尽を飲み込むことを「大人になる」ことだと勘違いしたりさせたりすることでもないと思います。えらくなるのはそういうのを少しでも減らすためであって欲しいと思います。

不必要な貧乏はしなくてもいいけど、多様な視点を少しでもどこかのなにかに活かすことが戦いであり、僕たちの権利と義務なのだろう、と感じました。

 

It is easier said than done. However, it is still important.

Have you had respect for individuals including yourself? Haven't you overlooked your value? Or haven't you been aware of disrespecting yourself?

Have you thought about how much influence your indifference has on people in the following generations or others? Why don't you have any doubt about your attitude being subordinate to the majority?

I want to clap my hands to people who are fighting against such totalitarianism.  This is because at least to the person, the issue is worth fighting.  This is also because having something you think you have to fight for is beautiful.

自分との関係が重要な「世間」に生きる日本人