pleetm's blog

日々考えた事や読んだ本について書くブログです。自分の書いたことって相手にどう伝わるのか、興味があるので、お時間ある方はコメントしていただけると嬉しいです。このサイトはアフィリエイト広告(Amazonアソシエイト含む)を掲載しています。

The Martian

映画を見てきました。

原作も読んでみました 。

映画、すごく面白かったです。本を読んでいるだけでは想像できないスケール感を感じることができます。

映画だけを見ても、話の進み方がよくわからんと感じる人もいると思いますので、原作を読んでおくとすんなり理解できます。

何よりも、希望を捨てないで生きるということ、そして、そのためには他者とのコミュニケーションがすごく大事なのだと感じました。

この映画のように全くの孤独を体験することはできないけれど、自分一人でやった気になっていることにもいろんな人との関係性で成り立っているのだと思うと、なんだか不思議な感じを受けました。

火星の人〔新版〕(上) (ハヤカワ文庫SF)

火星の人〔新版〕(上) (ハヤカワ文庫SF)

 

 

 

火星の人〔新版〕(下) (ハヤカワ文庫SF)

火星の人〔新版〕(下) (ハヤカワ文庫SF)

 

 

 

The Martian: A Novel

The Martian: A Novel

 

 

数学する身体

読みました。

このようなことを考えている同じ年齢の人がいるということに驚きと嬉しさと若干の悔しさを覚えます。

「身体」に焦点をおき、情緒を語る。現代に不足しているのはそういうことなんだと感じさせられました。時代の速度が速くなっていると言われていますが、その時代を作るのは人であり、人の「身体」なんですね。

そして、時代を作ることをできるのは「身体」に耳を澄ませた人だけなのではないでしょうか。 それでなければ、時代の流れに飲み込まれてしまうのではないか。そんなことを考え、読みました。

まずは「身体」を信じ、感じること。そこから何かが始まるような気がします。

 

数学する身体

数学する身体

 

 

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空白を満たしなさい(平野啓一郎)

読みました。

平野さんの作品は大好きでデビュー当時からずっと読んでいます。

本書は、著者が提案する「分人」という概念を導入した小説。

一度自殺し、その死から復生者として蘇った徹生。死とは何か、生きるとは何か。

徹生は自分の死のルーツを探りながら、問い直す。

そして、その原因は、人との関わりであり、その関わりから生まれてきた自分でした。「自分とは認めたくない自分」を殺すため、死を選んだのでした。

この本では、「2度死ぬ」ということを通じて、人の一生が1度であることを大事にしなければいけないのだと教えてくれたように思いました。

そして、平野さんがいう「分人」という考え方は、「自分とは何か」という問いに対する答えではないのだと思います。それが答えと思う人もあるかもしれませんが、自分は違います。どこかでやはり「自分」というものがあるように思えてしまうのです。

だけど、「分人」というツールを使うことで、人との関係を楽にすることができるというのは確かだと思います。

他人の全てを愛する、理解するということは不可能に近い。だけど、相手の良いところを見つけてその分人と対話している自分を好きになることができれば、その人との関係もすごく楽になるのではないでしょうか。そうすれば、相手に過度な期待もしないし、無理に変えようとする必要もない。相手を変えるってとてもエネルギーのいることで、そう簡単にできることじゃない。

それなら、相手に対する自分の分人を少し変えてあげるほうが気持ちはすごく楽です。

もう一つの不安は、自分が変わってしまうこと。自分が変わるということがなんとなく恐い気がしてしまうんですね。だけど、分人Aだけちょっと変えてあげる。分人Bは変わらない。そう考えれば少し不安が薄らぐような気がします。

しかし、実際には分人同士はおそらく相互作用しあっていて、分人Bは少し変化しているのです。だけど、「分人」というツールを使うことで、自分が変わるということに対する恐怖感が少し和らぐような気がしています。

それに、変わるのは恐いけど、悪いばかりではない。そのことには変わってから気づくことが多いように感じます。

でも、変わらないものもあるんですよね。コンプレックス。

空白を満たしなさい(上) (講談社文庫)

空白を満たしなさい(上) (講談社文庫)

 

 

 

空白を満たしなさい

空白を満たしなさい

 

 

 

空白を満たしなさい(下) (講談社文庫)

空白を満たしなさい(下) (講談社文庫)

 

 

 

 

家族という病

読みました。

家族とは個人との関わりでしか語れない。

家族とは社会の縮図である。

ということが本書の主張です。

これは、同意できる人は「そうそう!」と頷きながら読めるでしょうが、そうでない方も多いかもしれません。

一人一人の個人を取り戻すことが、ほんとうの家族を知る近道ではないか。

子は親の価値観に反発することで成長する。

 親の権威や大人の価値観に支配されたまま言いなりになっていることは、人として成長のない証

期待通りにならないと、落胆が激しく愚痴や不満だらけになる。

固定観念を押し付けるのではなく、その人に合ったものを引き出してあげる。

年をとることは個性的になること。時間もお金も体力も減ってきてやるべきこととしたいことに集中するから、年を重ねるごとにその人になる

家族という病 (幻冬舎新書)

家族という病 (幻冬舎新書)

 

 

完全版 社会人大学人見知り学部 卒業見込 (角川文庫)

読みました。

オードリーの若林さんの本です。

いつも視点が人と違うなと思っていたんですが、この人、賢いんじゃないでしょうか。

 人見知りの人間がどうやって社会に馴染んでいくか一人の人間として書かれていますが、共感する人はとても多いはずです。

特に、自分もうそのように結論付けていいかなと思ったり迷ったりしていたことについて、すごくはっきりとこのように書いてくれています。

性格とは形状記憶合金のようなもの。元々の形は変わらない。

いつも性格を変えたい変えたいと苦心してきた。どうして良くならないんだろうと。でも、そうなんです。形状記憶合金。ちょっとの間気をつけて変わったように見えても、戻るんです。無意識のうちに。若林さんはそれでいいと書いてくれています。

そして、

負の感情に飲み込まれそうになる時、「またか」と形状記憶合金をなぞる。

負の感情をモチベーションに加工する工程を整えている。

と書かれています。そうやっていけばいいんですね。モチベーションにというのは少し難しいですが、形状記憶合金をなぞることで、少し楽になれそう。

他にはこんな言葉も。

ネガティブを潰すのはポジティブではない。没頭だ。

若林さんは没頭ノートというものを作って、ちゃんと環境を整えてるんだそうです。

コンプレックスは気を遣うより笑われろ

やってみると道が開けて楽しくなることを知るのはそれからずっと後のことである。

愛のない他罰をする人は自分を肯定できていない。

ちゃんと降参して、理想を追う道から降りよう。おそらくそれが正しい。だって、ちょっと降りてみたら、今日がくっきり見えてしょうがない。

など。ほかにも恥ずかしいけど心に残るそんな言葉たちに出会えます。

 

武器としての交渉思考

読みました。

交渉というとすごく難しく捉えらえそうですが、コミュニケーションに関する本です。

コミュニケーションに関しては、いろんな本が出版されていますが、この本はわかりやすくロジカルな上、相当に核心に迫っているのではないでしょうか。

交渉とは

・合意を目指してやり取りするコミュニケーションである。

・ビジネスで成功するためには、エスタブリッシュメント(金持ち)の支援を得るため、投資の対象としてみなされる必要がある。

・2人以上の人間が集まれば、必ず交渉の必要が出てくる。

→つまり、交渉の練習はいつでもどこでもできるということ、そして相手との合意を得るためには「交渉」が必要だということですね。

では、「交渉」うまく進めるためにはどうすればよいか。

相手のメリットを考える

・相手の具体的なメリットを考える。

・相手のこうすると得するよ、を考える

・相手がこれだけの投資すればこれだけの効果があるよ、ということを考える。

相手のデメリットを考える

・相手の最も困る事態を考える。

・相手がなければ困ることを考える。

自他の利害を分析する

・自分のメリデメ、相手のメリデメを考える。

・そうすると、自分と相手で目的が違っていることがある。

・そんな時は、争点を明確にする。

・争点に「目的」・「手段」のラベル付けと重要度付けを行う。

・自分は重要視しないが、相手が重要視している争点で譲歩する。

・そのためには、どれだけ相手の主張を聞けるか。が勝負

・そのためにには、いろいろな提案をすることで、それがダメな理由を聞き出し、積み重ねることでより正確に相手の選択肢を捉える。

バトナを持つ

・バトナとは選択肢のこと。

・これがあることで交渉を有利に進める。

・そのためには、相手から選択肢を聞き出し、自分もたくさんの選択肢を持つ。

・そうすることで、コモディティ人材にならない。

相手の価値観に合わせる

・相手の価値観は変わらない。

・その価値観の中で合意を得る。

・価値観は6種類

①「価値観と共感」重視のひと:共感的な姿勢で攻略
②「ラポール」重視のひと:共通事項を通じ好意を伝え攻略
③「自律的決定」重視のひと:「自分で決めた」感を演出し攻略
④「重要感」重視のひと:丁寧に敬意を持って対応し攻略
⑤「ランク」重視のひと:高いランクの人をメンバーにし攻略
⑥「動物的」なひと:生理的な感情に配慮し攻略

 

いろんなコミュニケーションや会話についての本を読んだけれど、自分に足りなかったものはこういうことなのか、と感心させられました。

相手の望むところを察知し、分析し、提案する。そして、相手の満足が得られるところで合意する。たくさんの選択肢を考えるということは、多面的に考えるということ。その多面性が相手を上回れば、相手は魅力に感じるかもしれないし、喜びを得るのかもしれないですね。 

武器としての交渉思考 (星海社新書)

武器としての交渉思考 (星海社新書)

 

 

素直に生きる100の講義

読みました。
どの話も示唆に富んでいて、森さんはどういう本を読んで、どういう経験をして、こういった考え方をできるようになったのかとても興味深いです。
人見知りだったりするところも親近感が湧いて、その言葉一つ一つに励まされます。印象に残った部分を紹介します。
 

相手の印象を常に修正できない人はきっと損をしている

相手に対する最初の印象、それがその時正しくても、そのうち「色眼鏡」になる。思い込みや決め付けは考えないでも良くなるという合理化で、エネルギーの節約だ。しかし、生きることはそれ自体エネルギーの消費なのだから、より良く生きるということは、よりエネルギーを消費するということ。思い込みによる合理化は生きることを放棄しているのと同じだ。知識であれば好奇心を失っているのと同じだ。人は日によって調子が違うのだから、印象で決めつけることには何のメリットもない。
→単純に決め付けてはダメというわけではなくて、もっと論理だっているんですね。この考え方はとても理解しやすい。せっかく生きているのだから、たくさんエネルギーを使おう。どれだけエネルギーを使えたか、そこにフォーカスしよう。生きる上では燃費悪く行こう。
また、決めつけるということは、自分が決めた枠の中に相手を閉じ込めようとしているということ。それは自分の欲望だし、その枠だって正確さに欠けている。枠作りが良くないというわけではなくて、もっと正確に枠を作りたいと考えてはどうか。つまり、もっと相手のことをよく知ろうと考えられるようになるのではないか。そうすれば、相手にとっても健全だし、科学的態度としても謙虚だ。
 

空気を読む≠流される

空気を読むということは空気に流されることじゃない。向かい風は飛翔のきっかけ。
→だから流されるために空気を読むんじゃなくて、もっと高い視点まで飛翔するために、空気をよむ。
 

楽しい努力と苦しい努力

「自分で」何か思いつくことが楽しみを見つける一番の方法。人から与えられた物をただ消化しているだけじゃ面白くない。
 

新たなステージに行くために

同じ作業の繰り替えしになっていないか、見直すことが必要
 

自分が慣れた仕事、得意なこと、やりたいと思っていることそいういったものばかりしていると、結局はつまらない結果になる。苦手に取り組むことで新しい「得意」ができる。やりたいことを探してばかりじゃダメ。嫌だと思うことに得意が隠れていることもある。

→自分がどんなに想像を膨らませても、現実で起きることの予想不可能性の方が圧倒的。全部自分の想像どおりって、つまらないかも。だから現実という想像を絶する出来事に対して、できるだけ柔軟に対処していく。そうすることで少し、自分が広がっていくのなかぁと感じます。

 

素直に生きる100の講義 (だいわ文庫)

素直に生きる100の講義 (だいわ文庫)

 

 

 

素直に生きる100の講義

素直に生きる100の講義

 

 

 

素直に生きる100の講義

素直に生きる100の講義

 

 

トリツカレ男

語学や三段跳びなど、いろんなことに取り憑かれてしまうトリツカレ男、ジュゼッペ。そのジュゼッペは、ある女の子に夢中になり、その子の心の悩みを解決しようと頑張る。そんな話。

話としては単純かもしれませんが、自分は何かに夢中になることができているかなぁと考え直すことができました。

中でも、ジュゼッペの親友ハツカネズミが、ジュゼッペにかけた言葉。

「なにかに本気でとりつかれるってことはさ、みんなが考えてるほど馬鹿げたことじゃあないと思うよ。」

「そりゃもちろん、だいたいが時間のむだ、もの笑いのたね、役立たずのごみで終わっちまうだろうけれど、でも、きみが本気を続けるなら、いずれなにかちょっとしたことで、むくわれることはあるんだと思う。」

この言葉は、本書では結果的に、大好きな女の子を助けることにつながります。しかし、他の人生を生きていく上でとても大事な言葉なんじゃないかなと感じました。

自分は目の前の物事に本気で取り組んだか?人からみたら下らないかもしれないことに一生懸命自分を注ぎ込んでいるか?そういった、先にはつながらないかもしれない「夢中」がその人を形作っていくし、それが個性や強みになっていくのかもしれません。

周りをみてみても、尊敬できる人って仕事できるのは当然で、プラスで面白かったり、ユニークさがあったりと、仕事以外の魅力を備えているように思います。

生きていくって、どれだけ夢中になれたかである程度方向付けがされてしまうのでしょうか?もしそうなら、夢中になることを避けてその場にとどまっているよりも、何かに夢中になってみて、自分の思っていなかった方向に一歩踏み出している。そんな生き方も素敵だと思います。

また、このハツカネズミの言葉は人間関係にも当てはまるような気がします。今の人間関係ってどっぷりと浸からないように警戒しあった距離感というか、でも、繋がってないと、孤独というより孤立状態になる。そんな中途半端な人間関係に何か変化を起こすためにも、この言葉は役立ちそうな気がします。

そして、この言葉は、言葉や映像だけで頭でわかったつもりになっていずに、やってみろよ。そう言ってくれている気もします。

 

トリツカレ男 (新潮文庫)

トリツカレ男 (新潮文庫)

 

 

 

トリツカレ男

トリツカレ男

 

 

「普通がいい」という病

読みました。

アドラーとか、いろんな心理学の本が流行っていると思いますが、自分にはこの本がとてもフィットしました。

読んでいて、覚えておきたいなと思ったこと。

自分に貼ったレッテル

人間は何らかのレッテルを自分で自分に貼ってしまいがち。レッテルを貼ることにより自分で自分を規定してしまう。言葉には、対象を固定してしまう働きがある。

→「私、◯◯なひとだから。」ってよく言うひといますよね。なんでだろうと思っていたんですが、自分の変化を止めてしまったひとなのかもしれません。あるいはこういうことを言う人は自分が人からどう見られたいかを言葉にすることによって規定しようとしているのかもしれません。自分も自分のことを言葉に表現しすぎない、したとしても、変化するものだ、という気持ちを忘れないようにしようと思います。

悩むこと

葛藤、悩むことは生きることそのものを構成している欠かせないものであって、それを無しにすることはできない。

→もし悩みがなくなったら、それは楽なことかもしれないけれど、自分に葛藤を抱える力を失っているか、自分自身で考えて答えを見つけ出そうとする力が退化しているか、いずれにせよ、人の心の状態としては不健康な安定状態かもしれません。悩みがなくなったときこそ、むしろ心配すべきタイミングかもしれません。

自己形成のイメージ:彫刻

ある魂があって、その中にその人の最も中心的な部分、つまり格があって、そこは硬い。そこに向かって余分なところを削り落としていく。

→これは、自分の中で結論が出ていない部分ですが、こういう考え方もあるなぁと思いました。

愛とは、相手が相手らしく幸せになることを喜ぶ気持ち。欲望とはこちらの思い通りになることを強要する気持ち。

→愛のためにまず自分をきちんと充してやらなければなりません。どうしたらいいのか、考えていこうと思います。

 

 

「普通がいい」という病~「自分を取りもどす」10講 (講談社現代新書)

「普通がいい」という病~「自分を取りもどす」10講 (講談社現代新書)

 

 

 

「普通がいい」という病 (講談社現代新書)

「普通がいい」という病 (講談社現代新書)

 

 

風の歌を聴け

読みました。

もしかしたら、自伝的な部分もあるのかな?と思いながら読みました。

小説というのは、多く場合、作者から読者に向けて、こんな事を伝えたいというメッセージがあって作られるようなものであるように考えていたのですが、この本は少し感じが違います。

僕は、読んでいて、村上さん自身が自分の心に問いかけながら、深く深く入っていくプロセスを見せてもらっているように読めました。その手段として小説が存在しているような。

読者が自由に解釈できる小説というのはこういうものなのかもしれません。

自分も物語の主人公とほぼ同年齢となっている事も影響しているのかも。

 

風の歌を聴け (講談社文庫)

風の歌を聴け (講談社文庫)

 

 

 

風の歌を聴け

風の歌を聴け

 

 

 

風の歌を聴け (講談社文庫)

風の歌を聴け (講談社文庫)