pleetm's blog

日々考えた事や読んだ本について書くブログです。

君たちはどう生きるか

読みました。
少年向けの小説なのでしょうが、大人向けに書かれているようにも思います。
コペル君という子供の成長を軸に人間らしさとはどういうことか、人間らしく生きるとはどういうことか、について考えさせられる本でした。どの方もどこか心にのこるエピソードに出会えると思います。
 

そののぼり切ったところで仕事をするためには、いや、そこまでのぼり切るためにだって、コペル君、よく覚えておきたまえ、君が夜中に眼をさまし、自分の疑問をどこまでも追っていったあの精神を失ってはいけないのだよ。

 

この姿勢は何においてもとても大切にしていくべきものだと思うようになりました。あの精神というのは、好奇心であったり、情熱であったりということだと自分は理解しました。さまざまな対象に対してこういう気持ちがあるということはすごく意義のあることだと思います。やりたい仕事ではないかもしれないけれど、その中に何か自分の心のフックにかかるものがある、それを探していくという作業は絶えず行っていかなければなりません。そういった精神を持ち続けなければのぼり切ることも、のぼり切ったところで仕事をすることもできないのでしょう。
 

本当に人間らしい関係とは
人間が人間同志お互いに、好意を尽くし、それを喜びとしているほど美しいことは他にありはしない。そして、それが本当に人間らしい人間関係だと、コペル君は思わないかしら。

 

だからね、コペル君。ここは勇気を出さなけりゃいけないんだよ。どんなにつらいことでも自分のしたことから生じた結果なら男らしく堪え忍ぶ覚悟をしなくっちゃいけないんだよ。過去のことは何としても動かすことは出来ない。それよりか、現在のことを考えるんだ。いま、君として、しなければならないことを、男らしくやってゆくんだ。こんなことでへたばっちまっちゃあダメだよ。

 
これは短期のことと長期のことがあるでしょうが、過去に対しては言い訳せず、いま自分は何をすべきかを考えることの必要性を痛感します。
 

その後悔のおかげで、人間として肝心なことを心をしみとおるようにして知れば、その経験は無駄じゃあないんです。

過去は変えられない。でもそれを心から後悔すれば、そこから心理みたいなものを引っ張り出せる。
 

痛みは僕たちにとってありがたいもの。心に感じる苦しみやつらさは人間が人間として正常な状態にいないことから生じて、そのことを僕たちに知らせてくれるもの。

自分は、痛みやつらさを避けようとしてきました。そうじゃないんですね。痛みやつらさは心からのシグナル。それを敏感に感じ取ること、それに立ち向かうことが自分の成長につながる気がします。逆に何の不安も感じないという人は最近考えてないか、センサーが少し鈍ってるのかもしれません。すべての不安がなくなることは人間が死ぬ存在である以上、ありえないのですから。
 

自分の過ちを認めることはつらい。しかし、過ちをつらく感じるということの中に人間の立派さもある。

自分にとって、「立派なひと」ってなんでしょうか。なんでも正しいひとや優しい人じゃない、間違ったことを認めて、受け止めて、それを原動力にできる人。それが立派な人なんだと言われている気がしました。自分も一度、言い訳せず自分の悪かったことを正直に受け止めて、そこからどうしたらいいか考えてみたいと思います。コペル君みたいにはなれないかもしれないけど。
 
 

 

君たちはどう生きるか (ポプラポケット文庫 日本の名作)

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君たちはどう生きるか (ワイド版 岩波文庫)

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君たちはどう生きるか (ジュニア版 吉野源三郎全集)

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君たちはどう生きるか

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