pleetm's blog

日々考えた事や読んだ本について書くブログです。

あなたはなぜつながれないのか

読みました。

コミュニケーションのあり方について書かれています。

「聴く」姿勢とはどのようなものか。その心の持ち方を実体験を踏まえて丁寧に説明してくれています。
 
人の話に集中し、相手の感覚を自分の中に作り上げていく。
なぜそういう発言にいたったか。そこを寄り添って考えてみる。
自分はこういうのが非常に苦手です。まず意見ありきみたいなところがあって、それを軸に議論を進めていってしまう。
議論はそれで良いかもしれませんが、会話は違いますよね。自分は勘違いしていたと思いました。
人の話に集中することで、より良いコミュニケーションにつながると書かれています。
 
相手に共感した時、実は分かっていない。どういうことかというと、それは自分自身の気持ちや考えを相手に投影している。自分が共感するのに都合の良い部分だけを見てどんどん自分と同一であるかのように扱い始める。
→気が合う気がするってこういうことなのかもしれませんね。ある意味勘違いなのかもしれない。これがエスカレートしていくと相手は考えを押し付けられていくように感じ抵抗感が生まれる。よくわかります。
 
もっと言いたいことがあったのに、相手に伝えられなかった感情や感覚にと留まってみる。もやもや、イライラといった抽象的な、明確な形や言葉になっていない感覚をじっくりと自分で探ってみる。
 
自分の予想どおりに会話が展開するのを望むのではなく、「どうなるか分からないけど、どうなるか楽しみだ」と相手との関係が自然と展開していくことを楽しみにする。
→人と会話することをこういう風に思えれば、会話が苦痛じゃなくなるのかな。
 
自分の状態を感じることが他人を感じるための始まり。
 
やりたくなるまで待つ。
→自分の身体に耳をすませるということと同義かもしれません。
 
予期しない、生まれてくるものをきっと何か脈絡や意味があるのかもしれないと思って大切にしてみると自分の中で今感じている「もやもや」とのつながりが見えて来る。
 
感覚を自覚しないと、身体感覚や自分が今思っていることを感じることも鈍っていき、自分自身を観察することよりも頭を使って考えてばかりになる。
→なんでも論理的なわけではなく、身体が感じるものに気を向けることが大事。そこから自然に湧き上がるものを待つということでしょう。
本書ではデッサンも推奨されています。深く観察する。そこに評価は不要。
 
踏み出せない。あと、何が最低限あれば自分は踏み出すことができるだろうか。
自ら答えを見つける感覚を育む経験を積んだ時、その人もまた他人に無闇矢鱈にアドバイスをせず他人の感覚が育まれるのを待てる人間になる。
→自分で答えを見つける感覚。これが人間にとって一番の楽しみかもしれません。その気持ちを他人にも味わうための手助けはしていきたいものです。しかし、自分について考えてみると、じっくり考えるという行為をしていない気がする。目の前のことに集中できていない。
 
失敗した時は「失敗したなぁ」と感じ切る。そして、「次はどうしよう」と考える。感じるモードに入りきれば、アイデアが浮かぶようになる。
悩みを感心を向けるテーマと捉える。また同じことを考えてしまった。やっぱりこういうことが気になるんだなに切り替える。
→自分を客観視すること
 
誰かから学ぶ時は信じ込んでみる。
→これも発話者の立場に立つということですね。
 
その人が自分で答えを出せるようになるように、最小限に関わり、自分がどうしても困った時には少しだけ人に頼らせてもらうような慎ましさをもっていることが心地よい人間関係を作れる。
 
この本を読んで、なんか自分のことを少しだけ深く分かった気がする。それって役には立たないのですが、実はすごく大事なことかも。
 
自分は今、ここということを意識しすぎて(いまここは当然大事です。)、ここで失敗したら終わり。みたいになって、未来の可能性を考えることができなくなっていました。
今を評価してしまうと、未来を狭めてしまうことになるということが実感です。
まだ完全には脱していませんが、「自分はすぐそう思う傾向があるのだな。」と言葉にすることで、少し気持ちが軽くなると思いました。
そしてもう少し「今」に興味を持って見てみると未来への選択肢が少し増えていくような、そんな思いを少しだけ持てる気がします。
 
あなたは、なぜ、つながれないのか: ラポールと身体知

あなたは、なぜ、つながれないのか: ラポールと身体知

 

 

 

あなたは、なぜ、つながれないのか

あなたは、なぜ、つながれないのか