pleetm's blog

日々考えた事や読んだ本について書くブログです。自分の書いたことって相手にどう伝わるのか、興味があるので、お時間ある方はコメントしていただけると嬉しいです。

第2図書係補佐

読みました。

又吉さんの書評をまとめたものです。

又吉さんの小説「劇場」に出てくる一説と同じようなところもあり、読書する中からいろんな想像を膨らませているのだと思いました。

面白いのは、本の内容に関する批評を書いていないことです。本を読んで、そこから考えた自分の思考と自分の体験とをつなげて文章にしているんだなと思いました。そこには想像というよりは妄想ともいうべき思考の飛躍があって、その人の個性というのはそこに宿るのだと思いました。

どんな人も社会で生きていくうえで、常識や社会規範に合わせて生きている側面があると思います。それにうまく順応できるひともいると思いますし、そこに特別なストレスを感じないのが大多数なのかもあしません。その一方で、そういった社会システムの型枠に苦しんでいる人もいるかもしれません。いつでも思考は自由に。そこには制限はないし、そこは誰にも侵害されてはいけないところなのかもしれません。

小説家というのはそういう通常であれば押しつぶされてしまう、小さくて弱い考えを、雛鳥を育てる親鳥のように大事に大事に育てることができる人なのかもしれません。

 

第2図書係補佐 (幻冬舎よしもと文庫)

第2図書係補佐 (幻冬舎よしもと文庫)

  • 作者:又吉 直樹
  • 発売日: 2011/11/23
  • メディア: 文庫
 

 This book assorts reviews of the Author Matayoshi.

When you read this book, you will be able to see something you find in his novels.  This suggest me that his novel can origin from what he read.

What was interesting was that he doesn't touch upon contents of books.  Reading books, he connects his thoughts and experience to make sentences and novels.  It is beyond imagination, rather it is explosion of his personality. 

Each person tend to abide by social norms to an extent.  Many people can easily adjust themselves to it and don't feel stressed that much, but there might be some people that suffer from the framework.  If you allow the system to invade inside of yourself, you might not able to retain yourself in stable form.

To prevent this, you should keep your mind free.  You shouldn't pose limit on your mind.  Novelists are probably who could keep protecting their mind as if parent birds nurture thier children.

 

太陽と乙女

よみました。

森見登美彦さん好きなら読んで楽しいこと間違いなしです。

本人はエッセイ苦手と言ってるけど、めちゃ面白いとおもいますし、小説の種になることをこんな風に見つけているんだ、とその観察する角度や深度がとても面白いです。

森見さんの原点は日記を書くこと。そこから、日常の不思議の入り口をみつけているのだと思います。

 

太陽と乙女(新潮文庫)

太陽と乙女(新潮文庫)

 

 

There is no doubt the book is alluring you if you are a reader of the author Morimi.

In the book, he says he is not good at writing essays, but I promise his essays are definitely intriguing, and also inspiring in terms of how he was able to find out seeds for novels.  The angle of perspetive and depth are his intrinsic nature.

His origin is writing diay, where he can see the entrance of wonder.

 

書きあぐねている人のための小説入門 (中公文庫)

読みました。

小説とは何か。ひとはなぜ文章を書きたいと思うのか。 

本書ではそれがどこまでも個人的な行為である、ということをさまざまな観点から述べられています。小説の原型となるのは、「個」が立ち上がってくるところから。つまり、小説は何か、伝えたいテーマなどについて書くのではなく、むしろ「考えたい」こと、自分の中で答えの出ていないことについて、書いていく作業なのだということでした。

なるほど、だから小説の読者にはを自由に解釈する権利があって、読者によって感想や解釈が変わってくるのだと合点がいきました。もしも、作家が伝えたいことが決まっているのなら、それはもう小説ではなく論説文なのかもしれません。

そして、小説とは人間に対する圧倒的な肯定なのだ、ということも書かれていました。小説家になる人はある種変わり者というか、世の中の端でその違和感を言葉をとおして自己表現するひとと言い換えられるかもしれません。だからこそ、小説家の書く言葉には真実があるし、それはなにかのマイノリティとして苦しんでいる人に対する絶対的な存在の肯定となる救いという役割もあるのだ、ということをしりました。

もしかしたら我々一人一人がすでに小説家になる準備はできているのかもしれません。

What is a novel?

The book presented it as persoal acirivity after all.  What originates a novel is individual thoughts and feeling which lies at a deep level of your conscious.  You dig it and find it out and describe it.  This is not a theme, rather a what you want to think through writing a novel.  You don't write about what you know, but what you don't know.

That's why a novel is open ended, which allows us to interpret the meaning of the novel.  And a novel accept what you are.  You may feel unsecure where you live, for example you feel like minority of different from ordinary people.  But a novel accepts all you have, all you think and all you do.  This is the reason why a novel can save people in a sense.

I think everbody has to have something they can digest inside them so that you all are alredy prepared to be a novelist.

 

落日燃ゆ

読みました。

昨日8月15日が終戦の日でした。

今年戦後75年を迎え、日本が戦争をしていた、ということを考える空気感がなんとなく薄らいでいるような気がしています。その当時、何が本当にあったのかを知ろうとすることが今の日本で起きていることを知ることにも繋がることにもなるようなきがします。

本書は戦後の東京裁判で裁かれたA級戦犯のうち唯一の文人である広田弘毅。外務省の官僚だったそうです。広田の人生で通底していたのは「自ら計らわぬ」ということ。東京裁判でも、何か話せば、他人を貶めてしまうことになる、として必要なこと以外は言わなかったそうです。裁く側の連合国側にとってはそれが逆効果、つまり共謀の首謀者に仕立て上げられてしまうのがなんとも皮肉な成り行きでした。

連合国側にとって不可思議で理解できない人物がこの広田と東條英機。先に述べたとおり、自分にはこの戦争を防ぐことができなかった責任を感じ、またそれを他人に押し付けることを忌避して口外しなかった広田に対し、東條は徹頭徹尾自分の意思ではない、という観点から何も言わなかったように映りました。保身や自分に責のあることは極端に何も言わない人間だったのかもしれません。

ただ、日本的な文化や価値観を十分に理解していない、西欧の人間からはこの2人の振る舞いが同様に奇妙に見えてしまったのでした。彼らからは何かを隠しているに違いない、という幻想から抜け出すことができなかった。また、彼らには「組織」という実態のない空気みたいなものが人を突き動かしていくことがある、という風土がついに理解されなかったように思います。その見つけることができない犯人をA休戦犯という形で人に見出そうとした、それが東京裁判なのだと思いました。

ここからわかるのは、その実態を持たない「空気」をそれぞれが解釈して、結果的に破滅的な行動になるという性癖が日本人には染み付いてしまっている、ということです。これは現代社会にも全く同じことが当てはまることが言えるように思います。「普通とされていること」それ自体それぞれ解釈が違うにもかかわらず、そこには言及をせず、非言語的に合意された「普通」が基準になる。その意味において、日本はずっと戦後なのだと思いますし、その呪縛から抜け出すことができていないように思います。先の戦争で日本が改めるべきものはなんなのか。壊滅的なまでに突き進んでしまった制度設計にはどのような落ち度があったのか。大日本帝国憲法明治維新で作られているわけですから、実は明治維新の失敗の尻拭いを国民が死ぬことによってさせられたし、尻拭いをしても、その性癖自体は直っていない。明治以降がずっとつきまとっており、まだ、欧米に追いつくという比較の形態でしか自国を省みることができない、というのが現代日本なのかもしれません。

 

落日燃ゆ

落日燃ゆ

 

 

非社交的社交性

読みました。

 

おそらく誰もが自分の気にいる人とできるだけ多く関わり、気に入らない人とはできるだけ距離をおいて暮らしていきたいと思うのではないでしょうか。その思いと同時にそれがどれだけ難しいことかということも痛感しているのではないでしょうか。この本では、そのヒントになることがちりばめられている様に思います。特に、大事にしなければいけないと筆者が訴えるのは、気に入らない人との交流を大切する、ということでした。それは排除することではなく、その人たちとの交流から自分がよりいきやすい場所を学んでいく材料にしていけば良いということだと解釈しました。その意味において、気に入らない人との交流は役に立ちうるのだ、というのが本書の主張だと思いました。

 

そのためにはどうするべきなのか。自立すべきと筆者は述べます。では自立とは?他人とどこまでも対等に生きること。逆に自立していない場合、どうなるか。これは人の言動を見ればよくわかることだと思いますが、筆者が指摘していることは、他人に期待ばかりしている人にならない、ということ。

そのような人はその期待がどれだけ人を苦しめ、またその期待した人から激しく憎まれるかわかっていな人だと言います。よく見る過干渉になんでも失敗しないように先回りする、いわゆる毒親のようなものが想像しやすいように思います。もちろんそれだけでなく、職場でも友達関係でも「期待していたのに」という押し付けでどんどん来る人はいると思いますが、その闇の深さは毒親が一番強いでしょう。しかも気をつけないといけないのは、そんな毒親に育てられた子供は「いい子」であり、そうじゃない、と抵抗することすらできないように調教されているということです。

そのような人が特異的に身につけているスキルは一つ。「我慢する」ということ。自分の思ったことは封印し、「良いと言われていること」に合わせるようになる。それをサバイバル能力として体得してしまっています。そうなると、自分は我慢をしてきた分、それを人にも要求するようになるし、「良いと言われていること」から外れた所での体験知が蓄積されない。それは、ここまで大丈夫という雰囲気の手探りによって得られる能力ですが、自立をしていく上で肝心の、振舞いの意味を分かる、多角的に理解する、言葉の総体を捉える、という力が身につかない。しかもこれは、年齢がいってしまうと身に付けるのは困難なスキルなのだと思います。

このような人は純朴で悪気がなく失礼なので、こちらから救ってあげることはできませんし、本人たちが苦しむことはあまりなく、ある種の楽園に住んでいます。ほんとうにその能力の不足に苦しみ、手に入れようとする人々は、正常に自分自身と向き合っているから、この違いは歴然としていると思います。だから、実際に苦しむのはそのような人と交流する側の人間なのではないでしょうか。

 

そこで冒頭に述べた気に入らない人との交流を大切にする、という話に戻ります。先に述べた純朴で悪気のない失礼な人との交流をどう大切にするのか。本書を読んでも一言で言える明確な答えは見つかりませんでした。ただ、本書での筆者の他人に対する態度が何らかのヒントになるのではないか、と思いました。それはやはり対等に話をするように心がけ、それが実現しない場合にはそれ以上関わらないようにする。ということも一つあると思います。これは非常に冷たい決断のように思えるかもしれませんし、その人を傷つけてしまうかもしれません。確かに人を傷つけることは称賛されるべきことではありませんが、誰一人として傷つけずに生きることもまた同時に不可能なことなのだと思います。だからこそ、人を傷つけてでも守るべき自己があるのであれば、それは優先されることもあると思うし、それによってきずつけてしまうこともまた受け入れて生きていかなければいけないのだと思いました。

 

 

サロメ(原田マハ)

読みました。

皆さんはどうしても欲しいものがあるでしょうか?そしてそれがどうしても手に入らないものだとしたら、それを納得して受け入れることができるでしょうか。それを手に入れようとしてやったことが逆効果だったということを、どこで選択を間違ったのかを振り返ることができるでしょうか。

それが人の「心」だとしたら、どうでしょうか。この本は芸術家たちの人生を追体験するようなフィクションの形をとっているが、そのような思うようにならない気持ちが、狂気となり人生を狂わせていく様が描かれていると思いました。

それと同時に、飛び抜けた才能というのは異端であり、それを受け取ることができるのは同様に異端なものだけなのではないか。むしろ、そのような相対する異端がいない限り、異端は異端だけで成立することはできないのかもしれません。それほどに、異端であるということは脆弱で、しかも普通の人から見たら醜いものなのだと思います。だからこそ異端なもの同士は、暗く深いところで呼応するものを感じ、その比較にならない強さに揺るぎない信頼を感じるのかもしれません。それは誰も入る余地のない、むしろ他を排除しさえするようなものなのかもしれません。

それに嫉妬を抱いてしまったことが悲劇の始まりだったのかもしれませんが、一つの救いはそのような飛び抜けた才能のある人というのは、どこまでも純粋で人を疑わない、ということでもあるような気もしました。

サロメ (文春文庫)

サロメ (文春文庫)

 

 What do you do to get something you really want to get? And what do you do if you notice it is not something you can get? Are you able to accept the fact that you are not the person who can get it? Moreover, do you accept that what you did for getting it was actually making things worse? 

What do you think if the something were a heart/emotion of someone?  This book enables you to re-experience lives of artists.  Along the story, the emotion you may feel when whatever you do can't make things as you wish, which resulted in insanity, which leads to tragedy although the plot is actually  more complicated. 

At the same time, incredible gifted ability is evil in a sense. Somwthing that accepts the evil is evil.  Unless another evil exists, the evil can't exist due to its fragility and tendency to be excluded by other 'ordinary' people.  Therefore if there are two kinds of evils, they feel somthing at deep and dark place in their emotion, which makes both attract each other.

Being jealous with it might be a beginning of this tragedy, but one thing that save us may be purity in their personality.

 

 

Ank: a mirroring ape

読みました。

読み易く、面白かったです。

グングン引き込まれて次へ次へと読まされるのですが、文章の筆致というのでしょうか、地の文はすごく端正というか落ち着いていて、雑ではない、そんな筆者の丁寧に描写しようとする意図がすごく感じられます。

それは、おそらく、本作が自分の内面への問いかけと事件の解決ということなる探究だけどリンクをしていることと関係しているのかもしれません。論理的ではあるが理詰めで苦しくなるのではなく、そこでの感情が描かれているので、プロットをなぞるだけでなく、主人公をふくむ登場人物の人柄が見えてくる気がしました。

感染症的な何かにより暴動が起きていると考えられた、その暴動は実は感染症ではない機構で伝染する。その真相をめぐってストーリーは進んでいきますが、読みながら人を人たらしめていることは何なのか、と考えさせられます。その一つは狂気であり、暴力性である。実は、自分の中にこういった異常性を発見することは非常に大事なんではないかと思いました。つまり、自分は良い人間だ、悪いことは考えない、清廉潔白だ、と思いこんでいると、自分にある種居心地の悪い感覚が生まれてきた時にうまく対処ができなくなるのかもしれません。自分の中には常にアクセルとブレーキがあり、その両輪でバランスをとり成り立っているのだと自覚すること。決してどちらかだけで成り立っているわけではないこと。それが自己への考察を深める上で大事にしておくことなのかと思いました。

もう一つ、思ったのは、遺伝というのは遺伝子によってのみなされるわけではないということ。つまり、自分たちが生きている社会そのものが遺伝子なのだということです。私たちは、外界に反応して生きています。環境からシグナルを受け取り、それを事故に反映し考察を深める。そして、その反応はまた、環境という他者にフィードバックされる。

そのように考えると、環境性への反応の強さ/弱さみたいなもの、もっというと、社会から受けた試練や悩み、苦悩にどのように反応したか、何を嬉しいと思うか、など環境への反応強度が遺伝するのではないか、それは個から個、個から社会に対しても。だから、通常、人は死んでしまったらその知性やそのレガシーはなくなってしまうもの、ゼロになるのだとおもうのですが、いや、ゼロになるのだと思うのですが、それを受け継ぐ次の世代はその反応性の強さを受け継いでいる。つまり、ゼロから先代の人が行き着いたところまで行くのにかかる時間が短くなるのだと思います。そこから独自の成長が始まる。そのようにして、個も社会も遺伝子を引き継いできたのではないか、と感じました。 

 

勉強の哲学

読みました。

これを中高生の時に読んでいたら、勉強することが何かで迷わなかったと思う。ぼくは勉強していてもな「なんでこれをしてるんやろう?」と思いだしたらそっちに行ってしまって、今やっているのが何に役に立ちうるのか、どう社会に適用できるのかとかを考え出してしまって、なかなか手につかなかった。

でも、今になってこの本を読んで思うのは、あのグダグダ考えていたことも、知識の転用という観点から言えば役に立っていたのだと思う。あの時読んでいれば、ぐだぐだ悩んでいる自分に悩むことなく、思い切り悩むことができたかもしれない。

勉強を少なからずしてきた人(ほとんどの人)は、物事を抽象化する能力とそれを水平展開してみることが勉強なのだという実感を持つことが多いと思う。本書はその多くの人が実感として持つ、抽象化・相対化の無限ループと水平展開をどのように組み合わせればよいのか、がかかれている。そして、それは、自己の脱コード化であり、身体を伴う創作である、ということに帰着する。

つまり、言語を用いて、言語を相対化することによって、言語を無表情に扱うという方向に進む。その過程において、いくら言葉を無個性に扱ったとしても、その人が用いる言葉の選択や言い回しには何らかのクセがにじみ出るはずである。それが言語の身体性であり、それこそがオリジナリティだと書かれている。

これは非常に納得がいく説明で、これはある種、自己の存在を肯定する話ともつながってくるのではないか。つまり、自己否定、自己相対化を繰り返し、なんて自分は無個性なんだと思うとき、そこからそれでも自分からにじみ出ているものがある。それは声の出し方かもしれないし、階段を左足から登るということかもしれない。そういう自分の良さも悪さもひっくるめてそれをそれとして扱う。それができたとき自己の存在をありありと体感できるのではないかと思う。そしてその体感できる自己こそが、誰からも何からも不可侵の領域にいる自己なのかもしれない。また、その自己も変化を続けており、それをつぶさに見ていくことが自己の変容と捉えることができるのだと思う。

 

 

小説も読んでますのでね。ではまた。 

 

僕ならこう考える―こころを癒す5つのヒント

読みました。

僕は割に吉本隆明って人が好きで、難しいと言われているそうなのですが、自分にとっては全くと言っていいほど、わからない部分はないと感じます。もちろん、それは自分の思い込みだったりして、わかっていない部分もあるのだと思うけどちょっとかしこ目の友達が話しているのを聞いている、そんな感じです。わかると言っても、同じ考え方ではなくて、あくまでうんうん、そういうふうに考えたらそうだよね〜、とおもいます。

本書は人生の質問に答えるようなかたちなのですが、いくつか、面白いと思うのがありました。

一つは「親の金であそべ」ということ。これ特に大学生くらいの時に、感じた人が多いかもしれません。勉強もせんで、親の金で暇持て余して、という時間を過ごした人は少なくないのではないでしょうか。吉本さんはこの時に感じる「ある種のやだなぁ」という気持ちを感じておくことが大事、といっていて、あぁ、確かにあの気持ちってあるのとないのとでは大違いかも、と思いました。

吉本さんは「金を出してもらうのは嫌だと思いながらも遊んでいるそのつらさ、こたえられないつらさをその時期クリアすることが大事。これがこころの幅、ゆとりに繋がる」といいます。

逆に言えば、「親が金出すのあたりまえ」とか、その時に金のことに気を使っていなければ、そういう言葉にできないもどかしいつらさ、みたいなことを感じることなくおおきくなるのかもしれません。あの、なんとも言えない、すんません、と頭を下げながらベロを出している、でも心ではありがとうと言っている、その3種の感情が入り混じった感覚が「ある」のと「ない」のとでは、ひととしての大きさみたいなものに影響するとおもいました。これは言われて、確かに、とおもいました。

吉本さんは、ぼくの印象では、こうでなければならない、というのがあまりない人です。質問に対しても答えているようで答えていなかったり。むしろ、答えるときの姿勢や自分の 位置付けを確認して言語化するということに長けているのではないかと思いました。

 

なんで僕に聞くんだろう。

読みました。

 

幡野さんは写真家だそうですが、がん患者でもあるそうです。そんな幡野さんが日本中から寄せられる質問に自分なりに応えている本です。ただ、写真家だから、がん患者だからというところから本書を読むと大事なことを見落としてしまうと思います。なぜかというと、幡野さんの回答はそういうこととは関係のない、幡野さんの答えだからです。だから、たぶん、写真家でない幡野さんも、がん患者でない幡野さんも同じ答えをするだろう、ということです。もちろん、それが影響を与えていることもありますが、それは持ち出す例が写真のことだったり、病気のことだったり、経験したことに基づいているだけだと思います。

幡野さんのアプローチは現実的だとと思いました。本書でも書かれていますが、正確な情報を受け止めて、最悪の事態を想定しつつ最善を尽くす。それが、貫かれていると思いました。これは決して悲観的な考え方ではないと思います。そこまで深く考えるから、何をしたらよいのか、何が自身の幸せなのか、がはっきりしてくるのだと思いました。

 

なんで僕に聞くんだろう。 (幻冬舎単行本)

なんで僕に聞くんだろう。 (幻冬舎単行本)

 

 

He, Mr Hatano is a camera man and patient for cancer, but it you try to what he is saying from those aspects, you will fail to understand what he is truely saying.  This is because his response is hardly affected by those facts.  Whether he is a patient and camera man, his answer will not change.

What was impressive to me was that his approach was realistic when he faces problems.  He want to seek as correct information as possible, assume the worst case scenario and then try his best.  This concept underlie evertime he try to tell something.  I think he deepen his thought, which leads him to having clearer understanding on what his happiness is and what he is going to do for moving forward.